「国民の目線からのサステナビリティ」by 菊池 純一(コラム協創&競争/Vol.1,No.1,2020.9.30)

コラム『協創&競争』

当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)

持続性のしきい値

サステナビリティについて、「しきい値」と「破綻」のコンセプトを使いながら考えてみよう。

 持続性の「しきい値」(Threshold Value;閾値)とは、何か。日常生活で「しきい値」という言葉を使って会話をする者は少ないであろう。しかし、しきい値は、意外と、見えている、感じるものである。ある者は、春夏秋冬の季節の変化として、しきい値を多くの知覚機能を使って実感する。ある者は、時には、刑事案件(泥棒や窃盗など)や民事案件(借金や過払い金など)の消滅時効の法律が決めたしきい値を知るだろう。ある者は、各種の生活品のしきい値、例えば、冷蔵庫、クーラー、そして、各種の暖房機、さらには、ひんやりとする下着、温かい下着などの便利さの技術のしきい値を知ることは無くても、その便利さを受け入れているはずである。

 物質の絶対ゼロ度(原子や分子の運動が停止する、エントロピーとエンタルピーの数値が最低レベルになる温度。セルシウス指標でマイナス273.15℃。) から 最高温 (地球地上表面温度は93.9℃が最高記録。また、太陽のコロナ温度は約100万℃を越えると理論計算されている。しかし、現在、最高温度は未知。) までの環境空間の「しきい値」の世界を想念してみると良い。我々は、どこの環境空間で生きながらえようとしているのだろうか。

 今回は、国民の目線から持続性(Sustainability)のしきい値を考える時を、少しの間、共有したい。例えば、パスポートを持って海外旅行をするとき、国境の空間のしきい値を実感する。むろん、パスポートに収録された内容もネットワーク社会のしきい値の一つである。国家が破綻すると、それらのしきい値が消える、または、変異する。幸せなことに、私は70年近く持続する人生の中で、国家破綻は経験していない。しかし、知り合いが経営する会社が倒産に至り、その余波で複数の会社が連鎖的に消滅したことを知っている。ビジネスの持続的発展の躍動力が失われ破綻(Collapse ;システム崩壊)をすることは多い。

ナショナルシステムの破綻

 仮に、「社会」のモノ・コトの関係が「モノ(物、もの、者)の繋がり」および「コト(事、こと、異)の繋がり」によって成り立っているのだとすれば、「戦争破綻」は「政治破綻」と「経済破綻」の組合せとして説明できるはずである。そして、政治破綻の起点を経済破綻にあると帰着すれば、すべての原因は経済破綻になる。

 「人口増減破綻」は、1000年程度の歴史の中ではいくつか発生している。江戸時代中期の小氷河期における人口減少による破綻は、農産品の食糧不足をベースにした経済破綻である。それを解消したのは「移民」であり「技術革新」であった。「伝染病のコレラやスペイン風邪による人口減少のパンデミック破綻」は、波状的に地方の小国も巻き込み多くの死者を出しつつ沈静化した。それを救ったのは相互扶助による「信託」であったとする見解もある。他方、人口増加による破綻は、領土の拡張行為(地理的な開墾開拓によるフロンティア拡張)によって、あるいは、産業革命的な技術革新(陸海空の時空フロンティア拡張)によって解消されてきている。しかし、その帰結が隣国への侵略による戦争破綻になった場合は多いし、現在も地球のどこかで続いている現象の一つである。「高齢化を伴う人口減少破綻」は、地球規模の歴史の中では記録されていないと思う。日本という国家はどのような持続性のしきい値を国民に提供したらよいのだろうか。実は、私も含めて分からない者が多いのではないだろうか。

恐れのしきい値

 資源枯渇破綻の「恐れ」に関わる処々の資料はネットで検索できる。例えば、「地球平均気温が何度上昇すると、海面が何メートル上昇し、赤道周辺の国の領土が水没し、何百万人の難民が発生する」、そして、各国の国民経済に悪影響を与えるという研究の資料も多い。

 地球の自然循環システムのしきい値を越えて破綻にいたる恐れの「警告」、いわゆる「プラネタリーバウンダリー:Planetary Boundary Collapse」の問題である。二酸化炭素の排出を主因にした地球温暖化による海面上昇という特定方向の破綻だけではなく、気候変動、海洋酸性化、成層圏オゾンの破壊、窒素循環、リン循環、グローバルな淡水利用、土地利用変化、生物多様性の損失、大気エアロゾルの負荷、化学物質による汚染などが互いに共鳴し合う複合破綻の恐れのことである。特に、窒素循環を起点とする気候変動そして生物多様性の破綻、という推移律が成り立つという研究の報告もある。

 さらには、恐竜絶滅の原因になったPHAs(潜在的危機小惑星)が、今後、100年間で878個地球に衝突する「恐れ」があるらしい。また、2019年末から太陽の活動が極小期に入ったので、過去1645年から1715年のマウンダー極小期に世界各国が経験した事柄を先行データにしてスーパーコンピュータの予測を公開することも研究対象になるのであろう。

 「恐れ」、恐ればかりが並ぶ時代なのである。加えて、もう一つのケースを紹介しておこう。何千、何万年の周期、百年に1パーセントから数パーセントの幅を持つ発生確率のカルデラ噴火により発生する「恐れ」に関する資料が使われた裁判の話である。「疎明」を尽くし裁判官の心証形成のしきい値を越えることができたのだろうか。これらについてもネット検索できるので、関係する九つの裁判の資料を読むと良い。ちなみに、「疎明」というのは、「裁判官が、一応、確からしいとの推測を得られる状態に達する」資料を提出することを意味する。むろん、「証明」(合理的な疑いをさしはさまない程度に、真実らしいとの確信を裁判官に抱かせる)資料のレベルのことではない。

アカデミアの役割

 各種の破綻の恐れのしきい値を知り予防策を講じることは、有用な試みであると考える。例えば、国民の目線に鑑みると、猛烈な台風がどのようやってくるのか、予報と警告と対策が連携し体系化されつつある。むろん、その台風の進路を人工的に変えてしまおうという構想は、民生技術ではなく軍事技術の範疇にも及ぶから要注意である。

 その他の「恐れ」に関しても、持続性の破綻は、国民が抱く社会通念としての「世界観」の一つをカタチ作っている。しかし、持続性が失われる「恐れ」のしきい値に関する学問的な研究は未熟な状態にあり、破綻の恐れに関する疎明を尽くす資料も少ない。

 仮に、「資源枯渇破綻」の一部を資源循環(Material Ecosystem)によって防げて、資源枯渇の回避が経済破綻を防ぐという「推論の推移律」が成り立つのであれば、資源循環に「共感」し、そのエコシステムに「相乗り」する構想を「疎明」する必要がある。むろんその場合、「疎明」の情報を受け取る相手先は、裁判官ではなく、見えざる客(Invisible Users)を含む国民の多くである。ゆえに、持続性のしきい値を知る努力は継続すべきであろう。

プロフィール

菊池 純一
菊池 純一
一般財団法人知的資産活用センター理事長(青山学院大学名誉教授)

社会活動としてはNEDO-TSCフェロー、NITE評価・諮問委員、一般財団法人知的財産研究教育財団評議員など。科学技術の知的資産利活用に関する戦略設計の専門家。『場のイノベーション』(中央経済社)など著書、論文多数。