「食」の安全・安心目線からのコイノベーションby 田中康之(コラム協創&競争/Vol.3,No.3,2020.12.25)

コラム『協創&競争』

当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)

コイノベーション(協創:Co-innovation)について、「#しきい値」と「#食品表示」と「#社会システム」のコンセプトを使いながら考えてみよう。

安全と安心のしきい値はどこなのか

「天然酵母パンは危なくて食べません」

「市販酵母パンの方が安全ですよ」

 私が3年前にスタートアップした製パン技術のイノベーション会社を補強するために、天然酵母製パン製法特許技術を持った会社を買収して製パン業界の知財製パン事業展開を目論み、製パン用酵母の共同研究のために訪問した農業系大学の応用生物科学部醸造科学科で主に酵母の研究をされている先生から思わぬ言葉をいただいた。

 どうして酵母発酵研究で定評のある大学の先生から、身近な天然酵母製パンを否定するようなコメントをされたのか見当がつかず戸惑ったことを思いだす。現在は、その先生の指導で研究生として「花酵母」の単体分離・純粋培養・製パン用優良酵母の探索をしているが、最近ようやくその発言の意図が理解できた。

 「自家製酵母」使用とうたっているパン屋さんが、果実や野菜から酵母菌の種起こしをした時には培養瓶の5個の内2個は腐敗すると聞きく。残り3個の瓶はパンを発酵させる酵母であるかどうかをPCR解析やDNAの同定試験を外部の検査機関にパンやお酒、味噌等の食品酵母と同じSaccharomyces cerevisiae かどうかを分析依頼していない。どのような微生物が発酵しているのかを分からないまま、製パンをしているのが実情だ。

 カビや得体の知れない微生物からの毒素が排出されるかも知れない「自家製天然酵母」から製パンされた「天然酵母パン」として販売されている。よって、「天然酵母パンは危なくて食べません」、安全な酵母を選抜した「市販酵母パンの方が安全ですよ」との判断になるのである。

 食品衛生法第6条には、不衛生食品等の販売等の禁止をうたっており、次に掲げる食品又は添加物は、これを販売し、又は販売の用に供するために、採取し、製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、貯蔵し、若しくは陳列してはならないとある。

食品衛生法第6条

一 腐敗し、若しくは変敗したもの又は未熟であるもの。ただし、一般に人の健康を損なうおそれがなく飲食に適すると認められているものは、この限りでない。

二 有毒な若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着し、又はこれらの疑いのあるもの。ただし、人の健康を損なうおそれがない場合として厚生労働大臣が定める場合においては、この限りでない。

三 病原微生物により汚染され、又その疑いがあり、人の健康を損なうおそれがあるもの。

四 不潔、異物の混入又は添加その他の事由により、人の健康を損なうおそれがあるもの

「水も化学物質です」「添加物不使用と書かれているものは危なくて食べられません」

 今度は、同じ大学の別の食品安全科学分野食品安全評価学研究室の先生の「食」の安全・安心をテーマとしたセミナーでの発言である。確かに、自然界に存在する「水」は、水素と酸素の化合物(H₂O)であり、化学物質であるということである。そして、人工的に合成されたものも化学物質と呼び、意図しないでできたものも化学物質という。また、添加物不使用と書かれているものは、良さそうに見えるが「安心できない」ということである。

 このふたりの専門家の意外な発言は「食」の安全と安心のしきい値(閾値)とは何かを考えさせられた。

食品表示のルール

冷凍デミグラスハンバーグ(2020.12.20筆者撮影)
食品表示(2020.12.20筆者撮影)

 このハンバーグは市販されている人気の冷凍食品である。電子レンジで温めれば、おいしいデミグラスハンバーグの出来上がりである。私は、熱々のハンバーグを食べながら原料表示見ていると、食べ物の形をした何か別の物に見えてきた。いったいこのハンバーグは食べて安全・安心なのかと疑問に思えてきた。

 食品表示法によれば、【名称】は、商品名は「オリジナルデミグラスソースのハンバーグ」であるが、野菜も入っているのでハンバーグではなく「そうざい」に分類される。【原材料名】は容量の多い順番から表示することになっており、パッケージの中身をすべて表示している。そして、課題は「/」以下の添加物である。調味料はアミノ酸で調製しており、酢酸Na(ナトリウム)は酸味料 調味料 pH調整剤として使われており、静菌作用があり、日持向上剤として使われる。着色料は、カラメル、紅麹、ラック、カロチノイドを使用している。

 「ラック」とは褐色でラックカイガラムシの分泌液から得られた、ラッカイン酸類を主成分とするものであり、安定な色素として中国では古代より使用されてきた天然由来のものである。「カロチノイド」も天然抽出物であり、カロチノイド色素で着色された食材で料理を作ると、とても色鮮やかで素敵な仕上がりになる。「グリシン」も静菌作用があり、日持ちさせるために添加している。「増粘剤」、「リン酸塩」は、結着力で食品の形状を保ち、保水性を高めることで食感を向上させる効果がある。「乳化剤」は、ほぼ界面活性剤と同義で、食品・洗剤・化粧品などの分野で使用されている。「酸味料」は、一括表示されているが、実は「食品表示基準について」で2020年6月現在、「酸味料」と呼んでいる食品添加物は25種類もあり、酸味を強化するために使用される食品添加物である。また、食品のpHを調整するためにも使用されている。「香料」は、食品に香りと味の一部を付与する食品添加物であり、おそらく合成香料が使われていると推測され、化学構造上からベンゼン系、テルペン系である。

 このような添加物解説の後は、このハンバーグを食べる気が失せてしまった方がほとんどではないだろうか。自分で調理をすれば調味料以外の食品添加物を入れる必要はない。では、何故市販されている食品にはこのような「余計」な添加物がたくさん入っているのか。これらの添加物は、食品衛生法に準拠しており、違法でもなく、意地悪でもなく、冷凍商品のサプライチェーンに組み込むための品質維持であり「致し方ない」のだ。

 「安全・安心」を維持するには、食品表示の「/」以下の添加物なしでは成り立たないというのが、「添加物不使用と書かれているものは危なくて食べられません」という発言になるのである。

需要者の知るべきコト

 需要者、つまり消費者はこのような「食」に関する情報を十分に理解しているのかを疑問になる。食品表示法の表示基準はどのようになっており、「賞味期限」と「消費期限」の違いは何か、栄養成分表示は何を根拠に算出されたものかを知る機会が、消費者にとってあまりにも少ないのが日本の現実である。

 「法の不知はこれを許さず」という法諺があるが、消費者が不知であることは許される。しかし、日本人はどうも「食」に関して無関心過ぎる。日本の戦後の「食」文化は「学校給食」に始まり、提供された食べ物を残さず食べるのが良い「躾」であった。提供された食べ物を無条件に食することがあたりまえとなり、大量生産・大量消費の循環の中で、食べ物がどのように作られたかは、消費者は知る由もなかった。つまり、つくる者とつかう者との協創の仕組みが脆弱であることに気付くことなく、生産者の理論、マーケティング理論優先でこれまで進んで来た。そこに、コノイノベーションという関係が築かれていなかった。

 京都の人気パン屋さんにはいろいろな国籍の方々が訪れるが「このパンはどんな味ですか?」が日本人で一番多い質問だが、日本人以外は「このパンはどんな酵母を使っていますか?」との質問が多いという。国籍によって、パンに対する興味がこのように異なることは驚きであり、日本人はオーガニックにこだわる方が多い割には、加工食品に関する意識は低い。これが日本の社会システムの現実である。

 食品表示のルールを定めていた3つの法律である「食品衛生法」、「JAS法」、「健康増進法」の3つの法律は目的も異なるほか、それぞれに表示のルールを定めていたため、複雑で分かりづらいものだった。消費者・事業者の双方にとって分かりやすい表示ルールを実現しようと消費者庁は3つの法律を統合した「食品表示法」を2015年4月より施行した。新食品表示法は、5年の猶予期間を経て2020年4月には新表示に完全移行した。

 新食品表示法で必須となった「栄養成分表示」である。この成分量は果たして記載された商品と同一なのだろうか。「五訂増補日本食品基準成分表より算出した推定値」とはどのような推定値なのだろうか。

栄養成分表示(2020.12.20筆者撮影)

 では、本当のところはどうなのか。その答えは、該当商品と同一ではない。「日本食品標準成分表」とは、文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分科会が調査して公表している日常的な食品の成分に関するデータである。5年ごとに改訂され最新は2015年の七訂版であるので、例示の五訂増補とは2000年版の追補である。この事業者は、何故20年前のデータベースを使い、消費者は五訂が2000年のデータベースであると知る由もないのも現実である。

安心の社会システムとは

 このように、日本社会における「食」の安全・安心をコイノベーション(協創)の視点から捉えると、つくる側の意図と消費する側のナレッジが、まだまだ不十分と言わざるを得ない。国連SDGs17の目標(英語版)№12「つかう責任、つくる責任」“消費者も生産者も、地球の環境と人々の健康を守れるよう責任ある行動をとろう”(’Ensure sustainable consumption and production patterns’)を踏まえて、「安全・安心」の分科会では、食の領域に関わらず多様な領域において、真に何が安全であるかを探究することで、本当に安心できる持続可能な「安心の社会システム」の姿に関わる知見を共有したいと考えている。

プロフィール

田中 康之
田中 康之
(一財)日本総合研究所 客員主任研究員、京都精華大学評議員
(株)BILJ代表取締役 (株)AVANCELLMONT社外取締役 博士(環境学)、一級知的財産管理技能士(コンテンツ専門業務)、AIPE認定知的財産アナリスト(特許・コンテンツ)

コンテンツ資産価値の増大を図り、アウトカムの増大により持続可能な豊かな社会を創成するために研究に取り組んでいる。共著『知財のビジネス法務リスク』(白桃書房)。製パン技術分野では、花酵母菌研究による製パン分野で安全・安心の普及に取り組んでいる。