「医学・医療の目線」からのサステナビリティ by 屋代 隆(コラム協創&競争/Vol.1,No.6,2022.1.20)

コラム『協創&競争』

コラム『協創&競争』

当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)

 サステナビリティについて、「#ウイルスの特徴」と「#新しいルールコード」のコンセプトを使いながら考えてみよう。

新型コロナ感染症の今後を占う

 中国武漢周辺から発生したと言われる新型コロナ感染症が、発生後二年をして、終息方向に向かっているのでは、という見解を述べたい。まず下記をご覧いただきたい。facebookにて昨年12月6日付けて私が書いた単考察である。

1~2週間ほど前から急に感染者数を増しているCovid-19のオミクロン変異株に関しての短考察

 オミクロン変異株の出現で注目を集めているのは、「他の変異株と比べて感染力が強いかどうか、より重篤な症状を引き起こすかどうか。」である。現時点で、①スパイクタンパクは約30か所の変異、②軽症ないし無症状が多い、③ブレークスルーが多数みられる、④感染力はデルタ株より強い、が特徴と捉えられている。最も臨床的に重要なのは、「重症症例は少ない・・・」ということであろう。私的には生命予後に大きな影響を及ぼしてきた間質性肺炎・呼吸不全が起きにくいかもしれない、という側面に注目したい。

 そもそも、Covid-19の従来株が障害を及ぼす細胞は、肺のII型肺胞上皮細胞(※1)、鼻腔・気道粘膜の杯細胞(粘液分泌細胞)、そして消化管上皮細胞であった。オミクロン変異株では、この細胞腫に大きな変化があったのではと推測している。肺のII型肺胞上皮細胞に障害がおきなければ、従来のCovid-19によるKL-6(※2)上昇があまり高くなく、血中酸素飽和度が急速に低下するという重篤な症状、さらに改善するとしてもかなりの期間を必要とする間質性肺炎は起こさないことになる。

 これまでの、報告数は少ないながらもオミクロン株感染者の症状に呼吸不全はなく、咽頭痛、発熱、筋肉痛等が主であり、咳もすくない(一般のインフルエンザの症状に近似か?)。これらの臨床症状は、上記障害を受ける細胞腫が変わったことを意味しているものと判断している。一方、感染力の増強やブレークスルー感染の増加は、約30か所の変異がスパイクタンパクに出てきたことに由来すると考えて良いと思う。ごく一般論から言えば、「より感染力は増しつつ、病原性は低下」といったCovid-19感染症の終わりの始まりが・・・、と言っては言い過ぎであろうか。

 ただ、注意すべきはこの変異株が、ワクチン接種率が先進諸国と比較し極端に低いアフリカの国で出現したことである(現時点で、アフリカ諸国の接種率は10%にも満たない。)。これらかもいくらでも同様なことは起こりえるし、従来株より悪性度の高いものが出てきてもおかしくない。今や感染症に国境はない時代。自国内のみの対策に終始していても、結局はその付けが回ってきてしまう、ということを改めて認識すべきと思う。ワクチンや治療薬の特許を外して多くの発展途上国の人々に供与していただきたい。これが政治だと思う。
(facebookにて2021年12月6日に掲載 屋代隆<#オミクロン株 #変異株 #Covid-19 #ワクチン>)

「協創」の概念を主とした「新しいルールコード」

 私も、半世紀ほどの間「医学・医療」の世界にいるが、ある特定の疾患に対して、このように目まぐるしく考察を重ねてきたことはない。新種の変異株が次から次へ世界で出現、そしてアッという間に世界各国へ感染拡大される。このところのオミクロン株感染者数は、特に欧米諸国を中心に以前には見られないようなスピード増加が報告されている。一方、上記のような理由で死に至るような重症患者数は明らかに減少している。「より感染力は増しつつ、病原性は低下」というウイルス感染症の本来の特徴がここにきて出ているのではなかろうか。

 一方、今回のオミクロン変異株の出現は南アフリカ国であるといわれているが、同時に南アフリカではなく、未治療のHIV感染者・AIDS患者(※3)が多い周辺国ではないかという報告がある。スワジランド、レソト、ボツワナなどでは、成人のHIV感染者は20%を超えているという。未治療のAIDS患者は、ウイルスなどの外敵には無抵抗であり、体内に入ったウイルスは好き放題に増殖、変異を起こしてしまう。このように南アフリカ周辺国で、この変異株は発生し南アフリカ国内で確認されてのではないか、という説がある。

 以前から、「新型コロナウイルス感染症の拡大でキーとなるのはアフリカ諸国である。」と考察してきたが、まさにその通りになってしまったようだ。一方、世界のHIV感染者数は3000万人を超え、新たな感染者の2/3はアフリカだそうだ。また、欧米諸国では抗ウイルス剤の投与によりAIDSは普通の慢性疾患になってきたが、世界の感染者(主にアフリカ諸国)の半数近くはこれらの治療を受けることはできていない。理由は、言うまでもなくアフリカ諸国の貧困である。HIV感染者・AIDS患者の治療も新型コロナウイルスのワクチン接種も全く同じ課題だ。

 私がこの原稿を作成中に、関係者から「HIV感染と特許の話を入れるのであれば、MDGs(2000-2015)とSDGs(2015-2030)のスキームの顧みられない病気の国境を越えた新薬開発 (DNDi; Drugs for Neglected Diseases initiative)に言及を・・」というアドバイスをいただいた。これに真っ当にお答えする知識・見識はないが、貧困と格差の根本問題に対するアプローチなしに、このような感染症の問題を解決することはできないことは明白であると思う。特に、上記DNDiが対象とする17種類の顧みられない古典的な熱帯病に対する新薬の開発でさえ、開発目標達成が遅延している中での新型コロナ感染症の出現は、この課題を明確に描出させてくれていると思う。

 しばらくすると、今回のパンデミックは集束の方向へ向くもではと考えている。しかし、いつさらなる変異ウイルスが発生するかもしれない。以前も述べさせていただいたが、「協創」の概念を主とした「新しいルールコード」を考えていただきたい。地球規模で考えなくてはならないし、それが私たち自身を守ることになるからである。そのような時代であろう。

追記

 本稿は、2022年1月13日に書いている。いつものように各国から発信される新たな情報を得ながら考察はアップされなくてはならない。また、いくつかの報告や総説を参考にさせていただいたが、詳細は省く。

  • (※1)II型肺胞上皮細胞:酸素と二酸化炭素を交換する肺胞にある二種類の細胞の一つで、肺胞上皮の幹細胞であると同時に肺胞を膨らますことに必要な界面活性剤を分泌する。これが障害を受けると簡単に呼吸不全に陥る。
  • (※2)KL-6:上記II型肺胞上皮細胞が分泌するもので、一般には間質性肺炎の重症度を示すマーカーである。
  • (※3)HIV感染者とAIDS患者:いわゆるAIDS(エイズ、後天性免疫不全症候群)は、エイズウイルス(HIV)が体内に入り徐々に免疫が侵されていく疾患である。感染してもすぐに免疫不全とはならない。臨床症状が出て初めてAIDS患者というが、症状が出ない時期でも感染力はある。

プロフィール

屋代 隆
屋代 隆
那須看護専門学校学校長/モンゴル医科学大学名誉教授/インドネシアハムカ大学客員教授

東京慈恵会医科大学を卒業後、解剖学(顕微形態学)を専攻。医師、医学博士。研究の専門は、内分泌学、細胞学、医学生命倫理学。自治医科大学教授を退官後、同名誉教授、そして、帝京平成大学健康メディカル学部教授を経て現職に携わる。