医学・生物学の目線からのサステナビリティ by 屋代隆(コラム協創&競争/Vol.1,No.4,2020.11.7)

コラム『協創&競争』

当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)

 サステナビリティについて、「#命をつないでいく」と「#地球と細胞」のコンセプトを使いながら考えてみよう。

命をつないでいくことの宿命

 医療系の分野にいる者は皆、医学と医療を本能的に分けている。医学とはサイエンスそのものであり、これに社会という概念が加われば医療となる。その医学であるが、医学・生物学と表現し、もう少し幅広い意味になるよう言い換えることも多い。

 地球は誕生して46億年という。誕生直後から海ができ、38億年程前に現在のような安定した状態になったという。深海底の熱水を出すところの付近で、初めての細胞がこの地球上に出現したらしい。はじめは単細胞の単純な生物である。時を経て5億年前ごろのカンブリア紀、海の中の生物は多種多様な進化を遂げ、現在存在する動物の基本的構築を持つものが生まれたそうである。その一億年後、両生類等が陸に上がってくるようになった。植物も海の中から陸に上がってきたのであろう。

 一方、地球上には1,000万種類を超える生物が存在すると言われている。生物とは「細胞を基本構造とし自己複製が可能なもの」、と定義することができる。そして、すべての生物は、この地球上で持続してその存在を継続する、という大命題を持っている。単細胞生物は、無性生殖を行ない細胞分裂で数を増やす。これは個体数の増加にとっては大変なメリットとなるが、他からの攻撃に弱いという欠点がある。これを是正するために、個体間で遺伝情報の交換を行い新しい個体をつくる有性生殖が生まれ、そして進化してきたわけである。

 地球上で起きてきたこのような壮大な現象を顧みると、われわれ人間は生物の一例でしかないことに気が付く。それでは、我々人間にとって、「命をつないでいく」ことの意味は何であろうか。いかに屁理屈を並べようが、これは神から与えられた宿命である、としか説明できない。

すべての動物・植物に共通のこと

 人間は、むしろ「ヒト」というカタカナ用語がよいだろう、ヒトは、数百万年前の狩猟採集の時代から群れを形成して暮らしてきた。その群れは、徐々に大きくなり、農耕もはじまり、社会らしきものが形成されるようになった。そして、少しずつ倫理・道徳観や社会・社会制度が生まれるようになってきた。それらもすべて、神から与えられた宿命をはたすためにあるのである。当たり前のことであるが、社会制度や倫理は、ヒトが生活を維持するためにあるのであり、それなしにヒトという種を継続して残すことができないからである。

 今、この地球上で、気候温暖化、絶滅危惧種の増加などの広い意味での環境破壊に発する諸問題が指摘されて暫くたつ。1,000万種類以上の生物の頂点に立つヒトそのものが、諸悪の根源であることはだれもが認めるものと思う。「サステナビリティ」とは、我々ヒトにとっての概念ではなく、気球上のすべての生物にとっての概念であることを、改めて認識すべきではなかろうか。地球上のすべての生物が、神から与えられた種の継続という大命題を抱えているからである。 付図をみていただきたい。社会科学系の方々にはまったく何が何だかわからないと思うが、細胞の電子顕微鏡像である。細胞には司令塔となる核、細胞の機能をはたすいろいろな細胞内小器官が存在する細胞質、そして細胞境界となる細胞膜が必ず存在する。これは、地球上で生きる営みを継続するすべての生あるもの、生き物(つまり生物)に共通する基本構成単位である。植物細胞であっても、葉緑体を持つとか、壁構造が異なるだとかの少々異なる点はあるが、同じである。繰り返すことになるが、1,000万種類を超える地球上のすべての生物は、数十億年ほど前に深海底で誕生した「細胞」を根源に持つ仲間なのである。そして、神から与えられた種の継続という大命題をまったく共通に課せられている。「サステナビリティ」は、細胞をその基本単位とするすべての生物がその対象となることは、至極当然と考える。

付図説明

細胞の電子顕微鏡像。地球上には百数十万種類の動物がいると言われている。そのすべての動物は、このような細胞から構成される。細胞には核があり、細胞質と細胞膜が存在する。すべての動物に共通である。

協創&競争は誰のためのものか

 本学会の代表理事である菊池純一先生のとある記述に以下のようなものがある。「SDGs (Sustainable Development Goals) は、国連が定めた合言葉『持続可能な開発目標』であるが、このSDGsの『For all』は、皆のためと日本語訳されている。しかし、本質的に、『For All beings』つまり、地球全体の生態系におけるヒトを含む生物存在のため、と考えるのが妥当であろう。」100%同意である。協創も競争も決して人間社会だけの中のものであってはならず、広く地球全体を視野に入れて考えるべきものと信じる。

追記

 今、100年前のスペイン風邪以来のパンデミックをもたらしているCovid-19であるが、その原因ウイルスの正式名称は、SAS-CoV2という。ウイルスは、生物であろうか?前述したように、生物の定義は、「細胞を基本構造とし自己複製が可能なもの」である。ウイルスは、DNAやRNA(核酸)とそれを包む外被からなり、細胞構造をとらず自己複製も自身ではできないために、生物とはとらえられていない。ウイルスは、他の細胞内に入り込み、その細胞を利用してウイルス成分を複製するのである。まったく厄介な代物である。しかし、もし感染した細胞、ひいてはその細胞が構成するヒト・動物の生命を冒してまで増殖を繰り返したとすると、最後は自分自身も死滅してしまう。そのため、ある程度感染を拡大させると、ウイルス自身の例えばヒトに対する攻撃性を自身の構造(遺伝子情報)を変えて弱くする、という性質が本質的に備わっているという説ある。これをウイルスの「サステナビリティ」、と言っては笑われるかもしれない。ウイルスでもそうであるから、ヒトが自分達の生存を依存するこの地球環境を破壊・自滅させるようなことがあっては、それこそコロナウイルスに笑われてしまう。冗談では済まされない話である。

(本小稿を作成するにあたり、いくつかの総説を参考とさせていただいた。詳細は、割愛する。)

プロフィール

屋代 隆
屋代 隆
那須看護専門学校学校長/モンゴル医科学大学名誉教授/インドネシアハムカ大学客員教授

東京慈恵会医科大学を卒業後、解剖学(顕微形態学)を専攻。医師、医学博士。研究の専門は、内分泌学、細胞学、医学生命倫理学。自治医科大学教授を退官後、同名誉教授、そして、帝京平成大学健康メディカル学部教授を経て現職に携わる。