安心へのパラダイムシフトの目線からのコイノベーション by 峰 岳広 (コラム協創&競争/Vol.3,No.5,2021.8.5)

コラム『協創&競争』

コラム『協創&競争』

当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)

 コイノベーションについて、「#パラダイムシフト」、「#デジタルトランスフォーメーション(DX)」、#インオーガニック、#安心への知財管理のコンセプトを使いながら考えてみよう。

 近年、産業界においても安全からさらに安心へパラダイムシフトした社会システムの構築が求められているように感じている。安全・安心な社会システム構築実現のために今後日本企業にとってどのような取り組みや姿勢が求められるのだろうか。

デジタルトランスフォーメーション(DX)時代の到来を踏まえて

 デジタルトランストランスフォーメーション(DX: Digital transformation)時代の到来により、企業は競合を意識した競争戦略から顧客やパートナーを意識した協創戦略が求められるようになってきている。その背景としてDXの特徴である付加価値の源泉がハードウェアからソフトウェアへ、さらにソリューションへとシフトしていること、およびビジネス環境の急速な変化が影響している。日本企業は海外のIT企業(GAFA等)と比べてDX対応に遅れをとっている状況にある。DXの世界では、自社・他社を含む多様なデータを収集し、データを活用したAI自体の強化、AIによる解析結果をもとにした顧客ニーズに対応したソリューションを迅速に世の中に提供していく企業だけが生き残ることができる。

 そのためには、競合との競争による自社事業を守ることに固執するのではなく、顧客やパートナーを巻き込んだ協創戦略、エコシステムの構築が重要であり、特に、企業は顧客やパートナーから認められる安全・安心を意識した社会システムに注視すべきである。

安心へのパラダイムシフトとは

 「パラダイムシフト(Paradigm Shift)」とは、物事の大きな枠組みや考え方が変わること、従来の常識が通用しないような大きな変化を意味している。

 そもそも安全・安心な社会システムを提供するためには何が必要なのだろうか。まずは顧客のニーズを的確にとらえる必要がある。さらに急速な環境変化に対応した自社リソースの強化が必要である。

 リソース強化の手段としては、自前中心の開発にこだわるのではなく、M&A(Mergers and Acquisitions)のようなインオーガニックなアプローチ(Inorganic Approach:自前リソース以外も連携させた協創戦略)の検討も視野に入れるべきである。なぜならば、自前成長には限界があり、DXの成長スピードに追随することができないためである。

 近年のグローバルにおけるM&Aの傾向として、コロナ禍による影響で小売・ホテル等のサービス業を中心としたM&Aは減少傾向にあるものの、TMT(Technology, Media,Telecommunications)・製造業のDX化を見据えた異業種企業のM&Aや出資は増加している。その背景として、企業は異業種の知見が無い中で一から自社開発するよりも他社アセットを活用した新規事業開発を意識しているためと想定される。また大企業を中心にした取り組みではあるが、自社アセットを活用した研究機関とのオープンイノベーションが加速化されつつある。

 DXではソリューション開発の源泉であるデータが極めて重要であり、他社と協創することで自社では取得できないデータを利活用したより安全・安心な社会システム構築の実現に向けた検討も必要であると考えられる。

 安心へのパラダイムシフトは技術からデータへと向かっており、よりインオーガニックな視点が企業には求められている。

安心への高度な知財戦略

 安全・安心な社会システム構築のために知財も重要な位置づけにあると考えている。近年、企業の株式時価総額に占める無形資産(知財等)の割合が高まってきた。無形資産を重要な経営資源の一つとして明確に位置づけ、戦略的活用していくかが重要な課題となっている。

 またその知財戦略においても、従前の自社製品を保護する差別化領域や知財リスクを低減するためのクロスライセンス領域のみならず、エコシステムを構築するためのアライアンス領域における知財戦略といったより高度な知財戦略が求められている。

 さらに付加価値の源泉がソリューションにシフトしたことをうけ、顧客ニーズに対応するためのソリューション特許(IPC分類付与G06Q特許)が近年特に注目されており、大企業を中心に特許出願を強化している傾向がみられるものの、海外企業に比べると日本企業は遅れをとっている状況にある。

 ソリューション特許は自社ビジネスにおける差別化機能としての役割とパートナー企業とのアライアンス時に活用することが期待されている。顧客視点からはきちんとソリューション特許を取得している企業のサービスは第三者からの訴訟リスクが低く、安全・安心なサービスであることの判断基準になりうる可能性がある。また、Microsoftのように自社のIPを活用して顧客を守るAzure IP Advantage(サービスに係る知財の高度なリスク管理)のような取り組みをしている先進企業も存在している。

 ビジネスを成功に導くための裏付けとしてソリューション特許を保護している企業が、真のパートナー企業として選ばれる可能性がある。加えて、パートナー企業とアライアンスにより事業開発する際には、パートナー企業のビジネス領域のソリューション特許を事前に取得しておくことで契約において優位な交渉ができる(いわゆるパートナーロックイン:Partner Lock-in)機能として活用する高度な知財戦略の検討も必要であろう。

 今後は自社で保有している知財の可視化についても意識していく必要があると思われる。2021年6月のコーポレートガバナンスコード改訂にともない、企業にとっての知財活動の見える化がますます重要になってきている。これまで知財は企業経営の中でも優先度が低いものと位置づけられていたが、今後は経営に資する知財活動が必然化すると予想される。コーポレートガバナンスコードにきちんと準拠することで、ステークフォルダから安全・安心の経営をしていると判断されていくのではないかと考えている。

ESG・SDGs領域での展開

 コーポレートガバナンスコードと関連し、近年注目を集めているのがESG(Environmental(環境)-Social(社会)-Governance(統治)への配慮対応に関わる)投資である。投資の意思決定にESGが加味されるようになったことから、企業が社会システムに対して安全・安心を意識した取り組みがなされているかが注視されているように思われる。現にソニーのCVCではスタートアップへの投資の判断基準にスタートアップのESGに対する取り組みを評価軸として加味していると公表している。このような動きから、ESGへの取り組みをどのように社外に発信していくのかの検討もしていく必要がある。

 例えば、ESGやSDGsに関連する自社特許の棚卸をし、社会システムに貢献する活動をしていることを社外に発信していることも今後は一つの有効な手段かもしれない。

 よいものを作れば売れた時代は終焉し、よいものを作っても消費者から選ばれなければ売れない時代へとシフトしている現代において、まさに安全・安心な社会システムの実現に向けた多岐に渡る取り組みが企業に求められている。これらの課題はほんの一部に過ぎないが、今後安全・安心な社会システム実現のために協創(Co-innovation)は重要な要素であるにちがいない。

プロフィール

峰 岳広
峰 岳広
デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社、シニアバイスプレジデント、修士(工学)、一級知的財産管理技能士(特許専門業務)、AIPE認定知的財産アナリスト(特許、コンテンツ)、大手日系企業を中心とした知財コンサルティング、事業・M&A戦略立案、知的財産デューデリジェンス、知財価値評価等の知的財産アドバイザリー業務を専門とする。2019年にIAM Strategy 300 – The World’s Leading IP Strategistsに選出される。社外活動として知的財産教育協会運営委員、中小企業センター研究委員等を歴任。
著書『M&Aを成功に導く知的財産DDの実務(第3版)』(中央経済社)等
講師・講演 日本知的財産協会、弁理士会主催研修・セミナー講師、大学非常勤講師