「会社法の目線」からのコンペティッション by 土橋 正(コラム協創&競争/Vol.2,No.2,2021.2.16)

コラム『協創&競争』

コラム『協創&競争』

当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)

会社法の目線からのコンペティッション

 企業が健全に発展するためには一方では競争が不可欠ですが、他方では様々な目的のために競争が制限されることもあります。競争的営業あるいは競争的業務を「競業」といい、これを対象とする法分野は、独占禁止法、不正競争防止法、商法、会社法など多岐にわたっていますが、今回は、特に会社法から見た「#競業規制」や「#競業避止義務」、「#利益相反規制」のコンセプトを使いながら、会社の「#事業譲渡」の問題点や会社における「#取締役」の課題を見ていくことにします。

事業譲渡における競業規制

 事業譲渡(Transfer of Business)とは、事業用財産(客観的事業といいます)と事業活動(主観的事業といいます)の双方を承継するものをいいます。事業を引き継ぐことをイメージして下さい。事業用財産の承継だけで事業活動の承継がない場合には単なる事業用財産の譲渡に過ぎませんので、事業譲渡にはあたりません。なお、会社については「事業譲渡」といいますが(会社法21条)、もっと広い範囲では(個人間のものも含めて)、商法で「営業譲渡」として定めています(商法16条)。

 以下では会社の事業譲渡について述べます。事業を譲り受ける会社(譲受会社)は譲り渡す会社(譲渡会社)の事業を引き継ぎますが、その引継ぎにおいては、譲受会社は譲渡会社の顧客や取引先(仕入先や販売先)を引き継ぎ、譲受会社は事業を継続することによる利益を期待します。この場合に、譲渡会社がそれまでの事業を新たに始めてしまえば、以前の顧客や取引先(仕入先や販売先)は譲受会社ではなく譲渡会社と取引することになるでしょうから、譲受会社は何のために事業を譲り受けたか分からないということになってしまいます。そこで、会社法21条は、事業の譲渡会社は、譲受会社との間に別段の取り決めがない限り(特約がない限り)、同一の市区町村と隣接する市区町村で20年間は競業をしてはならないものとしています(1項)。もちろん、譲渡会社と譲受会社との間で競業しても構わないとか、地域を広げて同一の都道府県内で競業してはならないと取り決めることはできますが(契約自由の原則)、期間については、あまりに長期間にわたって競業を禁止することは営業の自由(憲法22条)との関係で問題になりますので、契約で長い競業禁止期間を定めてもその上限は30年とされています(2項)。例えば50年間競業しないことを契約で定めても、その効力は30年間に限定されることになります。

 これらのうち、地域に関する規制については、取引形態の多様化により、法が定める地域規制にどのような効果があるかは疑問です。インターネット事業を譲渡したときに、「同一の市区町村と隣接する市区町村」で競業をしてはならないとしても、ほとんど意味がないことになるでしょう。この点で法律は時代の変化に対応していませんので、契約でしっかりと競業規制(Restrictions on Competition)の範囲を決めておくことが重要になります。

取締役の競業避止義務

 上記は競業そのものを規制するものですが、会社法356条は(競業及び利益相反取引の制限)というタイトルで会社の取締役は競業や利益相反取引(Transaction in Conflict of Interest)をしてはならないという義務を課していますので、この点に若干触れておきましょう。

 取締役(Directors)は会社に対して善管注意義務を負い、また、忠実義務を負っています。善管注意義務とは要するに会社のために一所懸命職務をしなさいという義務であり、会社と取締役の関係が委任に関する規定に従うとされていることから(会社法330条)、民法644条により受任者としての取締役は会社に対して善管注意義務を負うことになります。これに対して、忠実義務とは取締役は会社に対して忠実に職務を行いなさいという義務で、会社法355条は「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のために忠実にその職務を行わなければならない。」と定めています。この忠実義務の具体的な発現として(異説もありますが、ここではこのように理解します。)会社法356条は取締役の競業避止義務を定めていますが、その内容は、取締役は、株主総会(取締役会が設置されている場合には取締役会:会社法365条)で重要な事実を開示して承認を受けなければ、自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしてはならず(1項1号)、自己又は第三者のために会社と取引してはならない(同2号)というものです。具体的な場面としては、取締役が取締役として得た取引先情報をもとに自分で取引先と直接に取引したり、別会社を設立してその会社に競業をさせるようなものを想定して下さい。取締役は会社の多くの情報を入手できる立場にありますので、そのような情報を利用して自分の利益を図り、延いては会社の利益を害することが禁止されているのです。

 もっとも、株主総会(取締役会)で承認されれば取締役は競業避止義務を負いません。

 親会社の事業と子会社の事業が重なるときに、原則としては、親会社の取締役は子会社の取締役として子会社の業務をしてはならないということになりますが、これは全く不便で不合理でしょう。ですから、親会社の取締役が子会社の取締役も兼任すること、そしてその結果として競業行為をする可能性があることについて、会社の株主総会(取締役会)で承認を得ておけばよいことになります(但し、独占禁止法13条などによる制限があります。)。

 取締役が退任してから競業会社を設立して、元の会社から社員を引き抜くというような事件がしばしばあります。競業避止義務はあくまでも「取締役」の義務ですから退任した取締役には競業避止義務はありませんが、在職中から準備行為をしていますと競業避止義務に違反することになります。退任後の取締役の競業行為を防止するのであれば、役員就業規則や特約により一定期間競業避止義務を制限することが必要になります。

取締役の利益相反取引

 また、取締役の競業避止義務と似たものに利益相反取引の制限があります。利益相反取引の制限というのは、取締役は会社と利益が相反する取引をしてはならないという義務を負うとするもので(会社法356条1項3号)、具体的には、会社が取締役の債務を保証することや取締役以外の第三者との間において利益が相反する取引がこれにあたります。取締役が第三者に債務を負っている場合に、会社がその第三者に対して取締役の債務を保証することは、取締役にとっては利益となりますが会社にとっては不利益をもたらしますので、利益は相反することになり、このような行為をするには株主総会(取締役会)による承認手続が必要になります。競業行為も会社と利益が相反するものであることに変わりはありませんが、会社法が競業規制と利益相反取引規制を分けて規定していることに注意する必要があります。

 取締役が第三者に債務を負っているときにその債務を会社が保証することは、利益相反取引にあたります。また、取締役が会社から不動産を購入するときは、会社の取締役としてはできるだけ高く売りたいと思うでしょうが、買主である取締役個人としてはできるだけ安く買いたいと思うでしょうから、利益は相反することになります。これらの場合には、いずれも必要な承認を得ておく必要があります。

プロフィール

土橋 正
土橋 正
ブレイン国際綜合法律事務所 代表弁護士
青山学院大学名誉教授
専門分野は会社法、金融商品取引法、商品先物取引法、信託法、労働法など。上海や北京などその他多くの弁護士事務所とも提携しており、また中国の弁護士資格を有するスタッフも抱えている。主な著書は、『会社法』『手形・小切手法』『商法総則・商行為法』(青林書院)、『手形・小切手法100講』(青林書院)、『証券取引法』(学陽書房)など。