「マーケティングの目線」からのコンペティション by 芳賀 康浩(コラム協創&競争/Vol.2,No.1,2021.2.3)

コラム『協創&競争』

当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)

 コンペティション(競争;Competition))について、「#競争対応」、「#コモディティ・ヘル」、「#ブランド・パーパス」と「#B-corp」のコンセプトを使いながら考えてみよう。

マーケティング戦略における競争対応

 マーケティング戦略の基本方針には、顧客対応(Customer fit)と競争対応(Competitive fit)がある。顧客対応とは、誰のどのようなニーズを充足するかを決定することである。消費者の多様なニーズを識別し(セグメンテーション)、自社が満たすべきニーズを選択する(ターゲティング)ことがその具体的内容であり、これに基づいて製品やサービスおよびその提供方法が開発されれば、企業は顧客の支持を売上・利益という形で享受できることになる。

 ただし、ほとんどの製品市場には同じ顧客を狙う競合他社・競合製品が存在する。この場合には、競合製品ではなく自社製品が顧客に選ばれなければならない。ここで必要になるのが競争対応であり、自社製品を選ぶべき理由、すなわち競合製品よりも望ましいと評価されるユニークな特性を創り出す必要がある。そのために行われるのがポジショニングであり、その内容は、競合製品と比べた時に、消費者の心の中での自社製品の望ましい位置づけを決めることである。例えば、同じコーヒーショップでも、スターバックスはコーヒーを楽しみながらリラックスできる場所、ドトールは忙しくて時間がない時でもちょっと一息つける場所といったように私たち消費者は競合製品を心の中の違う場所に位置付けている。心の中の位置が近い製品は消費者にとって「どちらでもよい」製品であり、どちらが選ばれるかは「より近い」「より安い」といった条件次第と言うことになる。反対に、消費者の心の中で自社製品がユニークなポジションを占めることができれば、それは疑似的な独占状態を作り上げることになり価格競争から解放される。

コモディティ・ヘルという落とし穴

 パイの拡大が見込めない成熟市場において、とりわけポジショニングは重要だが、実際にはうまくいかずにコモディティ・ヘル(Commodity hell)と呼ばれる同質的な製品群の中に沈む例は枚挙にいとまがない。コンビニの缶コーヒーの棚やドラッグストアの歯磨き粉の棚を見て欲しい。大手数社の製品ラインナップはとても似通っている。ドラッグストアの店頭で大きなカゴに放り込まれて安売りされているスナック菓子は、少し前に「新発売」されたものもある。昨年あたりからブームになっている缶入りレモンサワーもスーパーの店頭でソフトドリンクと変わらない価格で売られていたりする。こうした状況がコモディティ・ヘルであり、その主たる原因は差別化の失敗である。なぜ差別化しなければならないのに、反対に同質化してしまうのか。

 これについては、ハーバード・ビジネススクールのヤンミ・ムン教授が著書Different(邦訳のタイトルは『ビジネスで一番、大切なこと』)の中でしている説明がわかりやすい。それを要約すれば、競合製品に比べて自社製品の劣っている点を改善することによって、言い換えれば競合製品の優れた点を模倣することによって同質化が進むというものである。自社製品の欠点が分かっているのであれば、それを正すのは当然だと考えるのは自然なことだろうし、欠点を放置することは上司が許さないかもしれない。そしてまた、他社製品のユニークな特徴を短期間で模倣できてしまう技術力が多くの日本企業にはある。成熟化した消費財市場で繰り広げられている競争の多くはこのようなものだろう。

 こうした競争に陥る原因のひとつはマネジャーの短期志向にあるだろう。POSシステムから上がってくる日々の販売実績次第で、あっという間にコンビニの棚から新製品は姿を消す。このような状態では、いかに日銭を稼ぐかという姿勢にならざるを得ない。そしてたどり着くのが「売れたもの・売れているものを売る」という手っ取り早い解決策(あるいは思考の放棄)なのかもしれない。

横ではなく、前を向いて走る

 では、このような事態に陥らないためにはどうすれば良いのだろうか。そのポイントは、マーケティング論において繰り返し強調される、ポジショニングの「消費者の心の中で」という点にある。差別化は競合他社を見て行うのではなく、顧客を見て行うべきだということである。例えるならば、短距離走で隣のランナーを見て走るのではなく、ゴールを見て走れと言えるだろう。コモディティ化した市場で繰り広げられている短距離走のランナーたちは隣のランナーより一歩でも先んじることに気を取られ、ゴールとは違う方に全力疾走しているように見えなくもない。

 ゴールなど特に決まっておらず、とにかく前進し続ける(売上を拡大し続ける)ことができれば企業が存続・成長できた時代はそれでよかったのかもしれない。しかし、いまはサステナビリティというすべての企業・個人が目指すべきゴールがある。SDGsはそのゴールへの具体的なアクションを求めるものに他ならない。マーケティングにおいても、近年ブランド・パーパス(Brand purpose)の重要性が指摘されている。ブランド・パーパスとは、自社ブランドの存在意義、つまり、なぜ自社ブランドは社会に必要なのかを明らかにしたものであり、消費者の短期的支持(つまり売上)を確保するための価値とは異なる。そしてそれは、自社ブランドが誰のためのものなのか、その立場を明確にするものである。

 例えば、P&Gの「パンテーン」は2019年に「#令和の就活ヘアをもっと自由に」というキャンペーンで大きな注目を集めた。これは「自分らしい髪で一歩を踏み出す就活生を応援する」というパーパスを表明したものだが、これに対する消費者の反応には賛否両論があった。多摩美術大学の佐藤達郎教授が指摘するように、この賛否両論ある問題に対する立場を明確にするという点で、「誰がみても良いこと」に取り組むCSRとは異なっている。この意味でブランド・パーパスの表明には相応の覚悟が必要になる。

 SDGsの17のゴールは、自社ブランドのパーパスを見つめ直す際のひとつの雛形として、マーケターの役に立つものと思われる。SDGsは「使いやすく」設計されているから当然なのであるが、単に「SDGsに取り組んでいること」と「社会の利益と自社の利益を同時に実現すること」とは異なる。確かにCO2排出量を削減したり、資源ゴミを回収すればSDGsに取り組んでいると言えるのかもしれないし、社会的に良いことをしていると言えるのかもしれない。ただ、それが同時に自社の利益にも貢献していると言えるためには、自社「独自」の何かが必要であり、それがステークホルダーに支持されなければならない。そのために必要なのが自社の信念・立場の表明なのだろう。今やウェブサイトを見る限りSDGsに取り組んでいない企業はほとんどない。しかし、その取り組みにパーパスはあるだろうか。この点はSDGsウォッシュか否かのひとつの判断基準になるだろう。

新しい競争の兆しB-corp

 今や、マーケターは横ではなく、前を見て走らなければならない。おそらくこの競争は短距離ではなく長距離走になるだろう。その意味で従来よりも過酷なレースかもしれないが、争うのは消費者の財布の中身ではない。サステナビリティという遠い先にあるゴールまでの道を消費者や競合企業と協力して創り上げるスピードを競う競争である。椅子取りゲームが借り物競走に代わるようなもので、私たちは新しいルールを作って覚えなければならないだろう。

 この新しい競争ルールの兆してとして興味深いのがベネフィット・コーポレーション(Benefit corporation; B-corp)である。これには民間団体によって認証されたものと法律に基づく法人制度によるものがあるが、いずれの場合も営利組織である企業による公益・共益(benefit)の創出を促進することが目指されている。法的な制度は、米国メリーランド州で2010年に施行されて以来、アメリカ各州、イタリア、フランスなどに拡大している。最近では、フランスの大手食品メーカーであるダノン社が同国の「使命を果たす会社」となったことが注目を集めた。株式会社に生じがちな株主利益の追求を優先させる圧力から解放し、公益を追求することを可能にする環境が法的にも整備されつつある。公益への貢献が単なるイメージアップの手段ではなく、企業活動の「成果」だと言える日が近づいているように思う。

 旧知の若き経営者の「せっかく平和な時代、平和な場所に生まれたのに、なぜ戦わなければならないのか。だから私の会社の中では社員同士を絶対に競わせない。反対に仲間として助け合える会社をつくる」という言葉を思い出すにつけ、新しい競争のあり方が楽しみである。

プロフィール

芳賀 康浩
芳賀 康浩
青山学院大学経営学部教授
同大学アメリカンフットボール部部長
専門はマーケティング、ソーシャル・マーケティング。早稲田大学大学院商学研究科満期退学、豊橋創造大学、関東学院大学を経て現職。企業の社会貢献活動がマーケティング成果に及ぼす影響などに関心を持っている。