エコシステムの目線からのコイノベーション by 仲上祐斗(コラム協創&競争/Vol.3,No.1,2020.12.3)
コラム『協創&競争』
当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)
コイノベーション(協創:Co-innovation)について、「#エコシステム」と「#共感」と「#協働」のコンセプトを使いながら考えてみよう。
コイノベーションとは何か
コイノベーションという言葉を聞いたことがある方はどの程度いるだろうか。最近はニュースサイトなどでも見かけるようになったが、自分なりに解釈している方は少ないだろう。Lee、Olson、Trimiによって“Co-Innovation: Convergenomics, Collaboration, and Co-Creation for Organizational Values.”として提唱された概念に端緒を発するが、ここではコイノベーションとは何かを柔らかく論じることにする。
コイノベーションで連想されるのは、一般化した概念であるオープンイノベーションであろう。オープンイノベーションの解説として有名なのはHenry Chesbroughであり、外部のアイデアや資源を取り込むアウトサイドイン型と内部の資源やアイデアを外部に提供していくインサイドアウト型に大別されている。これらのオープンイノベーションは、いずれも主語が一者であり、イノベーションを起こす際に外部関与をどうするか、という概念である。一方で、コイノベーションでの主語の所在はイノベーション・エコシステム(Ecosystem)となり、「協働(Collaboration)」する企業は外部ではなく、内部という扱いになる。コイノベーションでは、イノベーションの構想段階である将来像のデザイン段階から一者ではなく、エコシステムの枠組みを首座とするのである(イノベーションの定義は普及してこそ効果があるといった想いを込め、ここでは、“新しい価値の普及=イノベーション”と定義する)。このエコシステムでイノベーション活動を実現するには、異なる分野・背景・利害関係を繋ぎ合わせ、議論の方向性を合わせるファシリテーション(舵取りと促進)が重要であり、ファシリテーターは誰かに肩入れしない第3者としての立場が望ましい。なお、オープンイノベーションでも特定のエコシステムが主体になることは否定されてはいないが、外部関与による研究開発やソリューション開発の効率化に比重をおくのがオープンイノベーションであり、他方、より多くのステークホルダーによる「共感(Empathy and attraction)」と「自分事化(take relevance and action )」によって普及促進をもたらすことに比重をおくのがコイノベーションである。それぞれの進め方を、コイノベーションの改良点を強調して“無理矢理”整理すると図1のようになる。向き不向きの問題もあるだろうが、コイノベーションは多様なステークホルダーが関わる答えのない意地悪な問題(Wicked problem)への対処に効果を発揮する。例えば、「SDGs達成に向けた科学技術とイノベーションに関するロードマップを作成するためのガイドブック」に示されているように、ステークホルダーの合意形成にてビジョンを示し、実現していく場合である。科学的な正解を論理的に追求するのではなく、正解が分からない中で、協働するステークホルダーが何を目指すのかというビジョンについて合意形成し、ビジョンに共感する方々をエコシステムの中に巻き込んでいき、イノベーションの実現を加速する場合である。複合的な社会課題の解決を指向しつつ、経済の共有価値を創造し普及する際にこそ、その効果を発揮すると言える。
コイノベーションの実現方法
コイノベーションの意味は分かっても、実現できなければ役に立たない。提供された価値が普及するかどうかはその時代に生活している人々の共感を得られるかに依存する。この点こそが、コイノベーションが近年注目されている理由とも言える。コイノベーションでは、共感と自分事化の相乗作用を高めながら、ステークホルダーが協創した将来価値を実現させる。そのため、価値を提供する将来の時点で共感者が多数いることが望ましい。具体的には図1のイノベーション・プロセスのように、エコシステムを拡大しながら進める。そのステップを要約して説明しよう。
- イノベーションの構想(ありたい将来像の協創)
あるべき将来像や成り行きで到達しそうな将来像を下敷きにデザインするが、単に声を掛けるだけでは協創はできない。テーマを決め、呼びかけを行う主体が大まかな方向性を事前に考えておき、実現に協働すべきコア・ステークホルダーを集める。一般的には、産業界の方・アカデミアの学者・規制当局の者・市民感覚を持ちつつ協創に親しみがある方といった4つの社会属性の人々を集める。しかし、議論を自由に行っても協創には至りづらい。それゆえ、何に共感を持てて、何に共感が出来ないのか、魅力はどこかなど、建設的な議論を進める必要がある。ファシリテーション人財をどのように確保するかを論点の一つに入れておくと良い。 - 製品・サービスの企画
コア・ステークホルダーだけでは、協働する範囲や視野が狭くなる可能性がある。そこで、共感を持ち、協創に加わるステークホルダーを、“この指とまれ”で集め、製品・サービスとして具体的にどういったものが良いかを企画する。“この指とまれ”を行う際に留意すべきことは、完全公開で行うのか、範囲を絞るのか、秘密保持を行うのか、どの程度精緻に将来像を描いたらならば投資するのかといった点である。これらは、オープン&クローズ戦略の範疇になる。むろん、ステークホルダーが十分な知見・経験を持たないと判断できるのであれば、専門家に参画を求めると良い。 - R&D
R&Dは基本的にはオープンイノベーションで実施する。ただし、R&Dの領域が広範に及ぶために、複数のR&Dプロジェクト単位でマネージャーを設置し、マネージャー間で情報共有やロードマッピングによる計画の修正・変更を常に実施する体制を取るべきである。理想的には、全体の目的に合わせたリソース配分の変更などの権限を有するプログラムマネージャーと呼ばれる役割を置くべきである(ファシリテーターとは異なり、第三者ではなく主導的な役割である)。 - 製品・サービスの実装
R&Dが終わると、いよいよ社会実装であるが、共感の輪を更に拡大するために、コイノベーションでは、「市場協創(Co-creation with consumers)」と呼ばれるマーケティングとしての仕掛けを行う。例えば、出来上がった品を売るのではなく、試作品として市場に提供し、改善を行うことで、ユーザーも協創の一員になってもらう。ソフトウェアの世界では、目的は異なるが、αテストやβテストとして行われる手法に類似している。 - 普及=イノベーションの実現
ここまでのプロセス自体が普及を促すために実施してきたことであるが、当然、協働もしていなければ共感の輪にも入っていない方々の方が大多数であろう。しかしながら、協創に参画した方々の社会ネットワークも複数存在しているはずである。そういった方々と、将来像の実現に向けて、更に共感の輪を広げるための協創活動を行ってもらうことが重要である。拡散して欲しいと無策でお願いするよりかは、多様なコア・ステークホルダーが中心となって、イベント等の仕掛けを行うことを推奨する。加えて、ルール形成といった戦略とも組み合わせることが、普及の観点では効果を発揮する。
昨今のコロナ禍で顕在化したように、社会システムのV(変動性)、U(不確実性)、C(複雑性)、A(曖昧性)が高まり、かつ、社会課題の緊急性も高まっている中で、何をやれば良いのか分からないと思われる方が多いかもしれない。しかし、誰かが解決してくれると待つのではなく、まずは協創の一歩を踏み出してみてはいかがだろうか。例えばSDGsの枠組みではすべての人の参画を求めている。理由の一つとして、各国、各組織で目指すものや背景が異なるため、描く将来像が異なることが挙げられる。同時に、1人1人が求める幸せは異なり、全員が幸せな世の中を目指すべきである。そのことが、SDGsの目指すゴールであると筆者は理解している。そのためには、すべての人が何を目指したいのかという将来像を描き、他者と協創することが必要である。その結果、誰も置き去ることなく、何も取り残すことなく、幸せが実現されることを願っている。それは、単なる理想郷の話ではないと考える。
プロフィール
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日本知財標準事務所マーケット・クリエイション・戦略コンサルタント 理学博士 AIPE認定知的財産アナリスト(特許)
社会課題解決と産業を両立するイノベーション・プロセス、仕組づくり、エコシステム・各種戦略・ビジョン・ロードマッピング等イノベーションの設計・実現の活動全般が専門。各専門家と協創するため、ワークショップ企画やファシリテーションも実施。ロードマップやSDGsに関する論文や発表を多数実施。社会活動はNEDO-TSCの戦略構築アドバイザーなど。