「生成AIによる創造物の目線」からのコンペティション by 酒井いづみ (Vol.2,No.6,2025.9.13)

コラム『協創&競争』

コラム『協創&競争』

当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)

 生成AIの技術が急速に進化している。技術の進化は社会変化をもたらし、知的財産の保護の面では様々な問題や懸念が生じている。

 2025年3月にはOpenAIのChatGPTに新たな画像生成機能が加わり話題となった。その画像生成機能を用いて、アニメ制作会社の「スタジオジブリ」が制作した作品のような、いわゆる「ジブリ風」のイラストを作り、SNSに投稿するブームが起こった。「ジブリ風にして」と画像の加工指示を入れると、自分や家族、ペットの写真も瞬く間にジブリ風のイラストとなって生成される。背景や服装、雰囲気などの指示も加えることができ、まるで魔法のようなツールである。

 AIによる生成物が既存の著作物の著作権を侵害しないか否か、リスクが気になるところであるが、我が国の著作法が保護するのは「創作性」のある表現であり、作風や画風といった「アイディア」は、著作物の表現そのものではないため基本的には保護されない。ジブリ作品に「作風」が似ていたとしても、個人で画像を生成して自己のSNSで発信する範囲であれば、著作権侵害には至らないというのが一般的な解釈である。

 しかし、生成AIの進化は、これまでには想定していなかった新たな問題を生んでいる。

そもそも「ジブリ風」とは?

 ChatGPTに「ジブリ風とは何か?」を尋ねたところ、「スタジオジブリ作品(宮崎駿監督などが手がけたアニメ映画)に見られる独特の雰囲気や画風」を指すとし、そしてその世界観は「水彩画的な温かみ × 美しい自然 × 優しい物語性 × 少しの不思議が組み合わさった」ものであるという。さらに、ジブリ風に仕上げたいイラストを描くときに役立つ配色やタッチ、表現のポイントまでも具体的にアドバイスしてくれる。

 「○○風」という言葉は、曖昧な都合の良い表現である。頭の中に浮かぶイメージは人それぞれであり、皆の思い描くものが完全に一致するとは限らない。ChatGPTの回答する「ジブリ風」の説明は、AIがこれまでのジブリ作品を収集し「学習」した成果を表したものとも言えようが複雑性を感じる。

 「この画像をジブリ風で」とコンピューターに指示するだけで、その画像は「素材」となり、元の画像の「創作的表現」は生成AIにより「ジブリ風」として塗り替えられる。「ジブリ風(Ghiblification)」に出力されたAIによる創造物は、AIの解釈するジブリの世界観に改変し機械的に生成されたモノであり、人の生み出す著作物と異なり個性の発露もない。簡単な指示の入力だけでAIが生成したものには、「著作物性」は認められ難いため、原著作物の「二次的著作物」というよりも、新たな価値の創成が行われた創造物というべきか。

作風の「希釈化」現象の懸念

 現行法の解釈では、「作風」の模倣は適法である。例えば「トトロ風」であっても、ジブリ作品のある場面に登場する「トトロ」と「高度な類似性」があると認められるキャラクターをAIで生成し、その画像の複製物を販売したり、自社のマスコットキャラクターとして使用した場合には、著作権侵害となる可能性は高いだろう。

 しかし、著作権侵害が認められない利用の態様であっても、生成AIによる創造物には別の問題も懸念される。人の創作と違い、AIによる生成は、プロンプトの入力により瞬時に生じ、利用数も計り知れないためである。

 多くの人々の利用により作風を模倣した画像が短期間に大量に生成され、世の中に氾濫したら、商用利用ではなく著作権者の経済的利益を不当に害さない場合であったとしても、元の著作物の作品のイメージの「希釈化(Dilution)」が生じる可能性があるのではないか。

 インターネット上に大量に公開されている生成AIによる「ジブリ風」と称された画像を「ジブリ」のイメージとして刷り込まれる人もいるであろう。また、どれがスタジオジブリによる本来の作品か見分けがつかなくなることもあるだろう。たとえば、新たなテレビCMのアニメーション映像を「ジブリ風」に生成AIを使って制作した場合には、CMの視聴者はその映像をスタジオジブリが手掛けたものと混同する可能性も考えられる。

 そのほか、AIによる生成物が、元の著作物のイメージを「毀損(Pollution)」する場合もあるのではないか。

 たとえば、子供に人気の或るキャラクターは、著作権者のポリシーで、お酒やタバコの商品広告にはライセンスしない方針であったとする。そのキャラクターを自社の商品CMに起用したいと打診し断られたお酒メーカーが、キャラクターイメージを模倣し、そっくりなキャラクターをAIで生成し商品CMに用いた場合には、既存のキャラクターに対する消費者の抱くイメージが変容し、イメージの「毀損」が生じるおそれもあるのではないか。

生成AIがもたらす新たな問題 (著作権法30条の4に関する課題)

 他人の著作物を利用したい場合は、原則、無断で使用することは出来ず、著作権者へ許可を得ることが必要である。わが国の著作権法では、AIの学習データとして用いるために著作物を収集し複製することは、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない「非享受目的」の利用行為の「情報解析」に該当し、原則、著作権者への許諾は不要である(著作権法30条の4)。許諾なしでの利用を認める一方で、著作権者の利益を不当に害する」場合は利用できないと、但し書きに定められている。また、「著作権者の利益を不当に害する」場合に該当するか否かについては、「著作権者の著作物の利用市場と衝突するか,あるいは将来における著作物の潜在的市場を阻害するかという観点から判断されることになる」と、文化庁は示している(文化庁著作権課「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方」 令和元年10月 9頁)。

著作権法30条の4 (著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)

著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

一 (略)

二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合

三 (略)

 この但し書きに関連して今注目したいのは、2025年8月に相次いで米生成AI企業の提訴に踏み切った大手新聞社の事案である。1

 読売新聞社が、生成AIを使った検索サービスを提供する米企業のパープレキシティに対し、記事を無断利用されたとして、記事の利用差し止めと計約21億6800万円の損害賠償などを求める訴訟を東京地裁に起こした。これに続き、日本経済新聞社と朝日新聞社も同社に対し、記事の利用差し止めと保存した記事の削除、両社各22億円の損害賠償などを求める訴訟を提起した。

 パープレキシティ社は、利用者から受けた質問に対し、新聞社のサーバーなどに収録された記事や画像を無断で集め、生成AIを使って回答を送信するというサービスを行っており、これらの行為が、著作権法上の複製権・公衆送信権の侵害にあたる、というのが新聞社側の主張である。

 また、日経・朝日の2社の発表では、パープレキシティ社は情報収集時のステルスクロール行為や、無許諾でユーザーの回答に使ったコンテンツには、日経が有料会員に提供しているペイウォール内の記事や朝日が提携先に配信した記事まで含まれているとのこと。さらに、回答の引用元に朝日・日経の社名や記事を示しながら実際の記事の内容と異なる虚偽の事実を多数表示する行為は、新聞社の信用を棄損しており、不正競争防止法にも違反するとしている。

 本件に関しては、著作権法30条の4の「権利者の利益を不当に害することとなる場合」に該当し、記事の無断利用は著作権侵害となる可能性は高いであろう。

 生成AIの「学習」は、その特殊性もあり、日本版「フェア・ユース」ともいうべき著作権法30条の4の課題が垣間見られる。生成AIの学習では、人の学習とは比較にならないスピードで大量の情報解析が可能である。情報解析が行われる生成AIの学習段階が、非享受目的の利用であったとしても、本件のような多大な労力と時間と経費を費やして集めた大量の情報の無断利用を許せば、メディアの経済的な利益を不当に害するだけでなく、国民の知る権利に奉仕してきたメディアの機能そのものに影響を及ぼす可能性がある。情報の保護の面において法整備の検討が必要ではないか。

1新聞各社の記事に関する
・読売新聞オンライン「読売新聞社、『記事無断利用』生成AI企業を提訴…日本の大手報道機関で初」
(2025/8/7)https://www.yomiuri.co.jp/national/20250807-OYT1T50151/  
・読売新聞オンライン「記事へのただ乗り『民主主義の根幹揺るがす』…米パープレキシティを報道機関
が相次ぎ提訴」(2025/8/27)https://www.yomiuri.co.jp/national/20250827-OYT1T50003/
・朝日新聞社「生成AI事業者を著作権侵害で共同提訴」(2025/8/26)
https://www.asahi.com/corporate/info/15986577
・日経新聞社PRESS RELESE「生成AI事業者を著作権侵害で共同提訴」(2025/8/26)
https://www.nikkei.co.jp/nikkeiinfo/news/release_jp_20250826_01.pdf

 著作権法は著作者等の権利の保護と著作物の公正な利用とのバランスをとり、文化の発展に寄与することを目的としている。あえて、米国法理のマージ理論の視座を持ち出すわけではないが、経済的利益に係るコンペティションから生じる摩擦的な不都合が拡散するおそれがあるとすれば、早急に、技術が急速に進化するAI時代における創造物の法治枠組みを構想すべきであろう。

プロフィール

酒井 いづみ
酒井 いづみ
一般財団法人 知的資産活用センター 知財クリニックセンター研究員

大手広告代理店勤務を経て、外資系映画会社にてディレクターとして映画およびキャラクターのライセンス業務に従事。現在、中央大学 教育力研究開発機構所属。

学位:修士(ビジネスロー)、修士(法学)
論文:「著名商標の冒用行為からの保護について」(2010年)、「パブリシティ権侵害の判断基準について-広告的使用類型の射程を中心に-」(2015年)