「デジタルアート作品の目線」からのコンペティション by 今 智司(コラム協創&競争/Vol.2,No.3,2021.4.14)

コラム『協創&競争』

コラム『協創&競争』

当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)

 コンペティション(競争;Competition)について、「#デジタルアート」「#文脈」「#場」のコンセプトを使いながら考えてみよう。

高額取引されるデジタルアート作品のサプライチェーン出現

 通常のアート作品と同様にオークションにおいてデジタルアート作品が取引されるようになってきた。デジタルアート作品はデジタルであるがゆえに複製が容易で、何ら対策を打たないとアート作品としての希少性を確保することはできない。しかし、ブロックチェーン上で発行、流通するデジタルデータであるNon-Fungible Token(NFT)、つまり、非代替トークンを利用することで、デジタルアート作品の唯一性・一品製作物性を担保できるようになったことから、デジタルアート作品のオークションも行われるようになってきた。実際、オークションハウスであるクリスティーズのオークションにおいて、約6935万ドルでBeepleと呼ばれるアーティストのデジタルアート作品が落札された報道や(https://forbesjapan.com/articles/detail/40320 [2021年4月13日閲覧])、デジタルアート作品をEthereum (分散型アプリケーション等を構築するためのプラットフォームの名称、及び関連するオープンソース・ソフトウェア・プロジェクトの総称)上で発行、流通させるサービスを提供しているSuperRareでアーティストのKrista Kim氏のデジタルハウス(MarsHouse)が約50万ドルで販売されたことが報道されている(https://www.dezeen.com/2021/03/22/mars-house-krista-kim-nft-news/ [2021年4月13日閲覧])。

 これらの報道に触れる限りにおいては、今後、同様のデジタルアート作品のオークションや販売が活発になることが予想される一方、NFTブームにすぎないとの指摘もされている(https://www.cnbc.com/2021/03/17/creator-of-first-nft-digital-house-krista-kim-on-augmented-reality-.html [2021年4月13日閲覧])。今後の推移を見守る必要があるが、現在のデジタルアート作品のオークションを取り巻く状況は投機的要素が色濃く反映されていると思われ、いわば、デジタルアート作品の投機バブルの様相を呈している可能性もある。

 デジタルアート作品が販売され、アーティストに金銭的な還元がなされることは非常に良いことである。しかし、現状、多くの場合、アーティストに金銭的な還元がなされるのは最初の販売時点のみである。デジタルアート作品が市場において販売され、転々流通し、アーティストも適切な恩恵を受けられるようにするためには、いくつか検討すべきことがあると考える。

 なお、報道に接する側の注意も必要である。つまり、オークションでの落札価格や作品の販売価格が高額であることだけに着目するのではなく、その経緯や経過に注意を払うこと、すなわち、ファクト情報を継続的に収集することが重要になる。

サプライチェーンの中で誰が誰と競争しているのか?

 さて、そもそもデジタルアート作品市場での登場人物は誰か。デジタルアート作品の作者、オークションサイトやギャラリー等の販売者、そして落札者(需要者)が主要な登場人物である。販売者は他の販売者と、自らが取り扱う作者の知名度や作品数、そして落札価格等で競うだろう。また、需要者は作品を有することによるステータスに重きを置く者もいれば、将来的に金銭的価値が向上することを目的としている者もいるだろうし、更に他の目的をもっている者もいるだろう。いずれにせよ需要者(つかう者)にとっては他の需要者(つかいたい者)と競っている面がある。

 では、作者であるアーティストはどうか。供給者(つくる者)と供給者(つくりたい者)との競争はどうなのか。

 筆者はこれに対する答えを持っているわけではない。ただ、アーティストの村上隆氏がその著書(「芸術起業論」、幻冬舎文庫(2018年))で下記のように述べている。

 『欧米で芸術作品を制作する上での不文律は、「作品を通して世界芸術史での文脈を作ること」です。ぼくの作品に高値がつけられたのは、ぼくがこれまで作りあげた美術史における文脈が、アメリカ・ヨーロッパで浸透してきた証なのです。』

 アーティストは特定の誰との競争というよりも、アートの文脈に対して立ち向かうのである。文脈という「つながり方」を介して、過去の供給者(つくった者)と今の供給者(つくろうとしている者)と競争しているのかもしれない。

 そうすると、過去と現在と将来の供給者と需要者とが創り出す「場」があるといえる。やはり、デジタルアート作品の今の「市場」で競争しているのは販売者及び需要者で、主にアーティストの知名度や将来的価値を念頭に競い合っているのであろう。

デジタルアート作品の「不完全なエコシステム」

 デジタルアートの場で、「エコシステム」という考えを使うこと自体、奇異なのであろうが、多種多様な供給者と需要者が登場するのであれば、物財の循環と同じように、コンテンツの循環を考えても良いだろう。例えば、供給者(つくる者)が需要者(つかう者)にスイッチング(変身)することもあり得るだろう。この種のスイッチングが発生する場合、コンテンツの著作権等の権利処理が難しくなる。

 上述のデジタルハウスにおいては著作権上の問題も発生しているようである(https://www.dezeen.com/2021/03/30/nft-house-dispute-comments-update/ [2021年4月13日閲覧])。つまり、アーティストと、作品のためにデジタルハウスの視覚化に協力した3Dモデラーとの間で著作権の所有についての争いである。有体物であるアート作品でも同様であるが、デジタルアート作品の特徴上、物理的・時間的に隔たりがあっても協力して作品を制作できる。そのため、これまで以上に著作権法上の十分な手当てが必要になる場面が増えるだろう。

 なお、このデジタルハウスの第一報は「高額での落札」であり、ほとんどのメディアはその後のサプライチェーン内での取引状況について報じていないようである。しかし、ファクト情報を継続的にチェックしていくと、実は、デジタルハウスの例のように著作権法上の問題が発生している等のファクト情報も取得できる。今後、デジタルアート作品が持続的発展をするためには、ファクト情報を継続的かつ科学的にチェックする姿勢が必要であると考える。

作品をはぐくむ「場」が必要

 デジタルアート作品を取り囲む状況が投機バブルであるのか否か、現時点では判然としない。今後、多種多様な供給者と需要者が登場してくるだろう。そして、同時に、多種多様な取引ルールが創り出されるだろう。バブルが弾けて初めて、新たな時代のデジタルアート作品を認識できるのかもしれない。

 現状がバブルであるとは限らないものの、バブルであろうがなかろうがアーティスト、そしてアーティストたちのデジタルアート作品を多くの人に鑑賞してもらうための「場」が必要である。

 鑑賞者は、「つかう者」「つくる者」「つくりたい者」、そして、「つくった者」「つかった者」であっても良い。鑑賞者としての目線をもつて、デジタルアート作品を鑑賞者それぞれが各々の価値観で楽しみ、しかも作品の価値を適切に評価するためには、やはり、その作品の「文脈」(つながり方)が重要になる。そのような「文脈」をアーティストのみならず、鑑賞者たちが創り出し、作品を育むことができるように、投機的市場に飲み込まれない仕組みを持つ「エコシステムの場」が必要になってくる。

 その「場」の具体的な構成は未だ明らかではない。しかし、デジタルアート作品を取り扱うデジタルトランスフォーメーション技術の側面、同時にアーティストや販売者及び需要者を取り巻く環境を保全する法的ルールの側面を充実させた「枠組み(競争スキーム)」の中での「フェア(公正)を担保する場」が有効ではないかと考える。

プロフィール

今 智司
今 智司
今知的財産事務所 弁理士 工学修士 技術経営修士

早稲田大学大学院理工学研究科修了後、電気機器メーカーへ入社。LEDの研究開発を経て知財業界に転職し、弁理士になる。専門分野は、知的財産法、技術経営、無機化学。化学・半導体・IT・ソフトウェア・ビジネスモデル等の分野において主に中小・ベンチャー企業の知的財産の創出・発掘・権利化・利活用を支援している。