CEO経営の目線からのサステナビリティ by 矢口 達也(コラム協創&競争/Vol.1,No.3,2020.10.24)

コラム『協創&競争』

当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)

サステナビリティについて、「サステナビリティ経営」と「SDGs Compass」のコンセプトを使いながら考えてみよう。

サステナビリティ経営のかなめ

 新型コロナウィルスの流行を受けて私たちが経験した数か月間を越える自粛生活は、それまであまりにも自明すぎたこと、すなわち企業活動が社会・経済を支えているということを直視する機会となった。同時に、企業のCEOにとっても、自らの使命が利潤の追求だけではなく社会への貢献であることを改めて自覚する契機となった。withコロナ時代にあっては、大都市への一極集中とそれにともなう大量生産・大量消費型の経済構造への回帰はもはや許されない。企業にとって、サステナビリティ経営、すなわち社会の持続可能性に配慮した経営の実現は、かつてのように努力目標ではなく、企業が存続していく上で達成されなければならない必須の課題であるといえるだろう。

 サステナビリティ経営を実現するために重要な観点は、ESGに集約される。ESGとは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字をとったものであり、企業が長期的に成長していくために、CEOはこの3つの観点から、社会や自然環境とバランスの取れた活動を積極的に推進していく必要がある。そして、こうしたESGに配慮した経営を行うことのリターンは、単に企業イメージの向上につながるといったものだけではなく、財務的なリターンとも直結するようになってきている。そのため、CFOにはESGの観点を積極的に取り入れた財務戦略の立案が求められる。リーマンショック以降、機関投資家には、投資リスクを軽減し中長期的なリターンを得ることが求められるようになってきた。この過程で、機関投資家は様々なESG指数によって企業のESGへの取り組みを評価し、ESG指数の高い企業への投資を行うようになっている。その額は年々増加傾向にあり、2012年には約12.5兆米ドルだったESG投資残高は、2016年の時点には約22.8兆米ドルと約1.5倍になった。これは世界の投資額の約26.3%に相当する。また、日本では2018年に約231兆9000億円だったサステナブル投資残高は2019年には前年比45%増の約336兆400億円となり、総運用資産高に占める割合も2018年に約41.7%だったのが、2019年には約55.9%と50%を越えている。このように、近年の投資におけるESG関連の割合は益々増加し、今後この傾向は更に強まっていくだろう。CFOにとって、ESG関連の取り組みをいかに財務戦略に取り入れるかは、喫緊の課題だといえる。

SDGs Compassの経営への落とし込み

 さらに、ESGに配慮した経営は、国連のSDGsによっても強力に推進されてきている。SDGsとは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略であり、2015年9月の国連サミットにおいて採択された、国連加盟国193カ国が2016年から2030年までの15年の間に達成すべき目標が17の目標と169のターゲットにまとめられている。

 SDGsの特徴は、それらが単なるスローガンではなく、SDGsの取り組みを通して新たな市場、さらには社会経済の枠組みの構築を目指している点にある。そのため、SDGsでは、国だけでなく大企業やグローバル企業もその主要な実施主体となっている。企業向けにまとめられたSDGs Compassでは、企業がSDGsを活用するための手順が4つのステップから説明され、SDGsを実施するためのバリューチェーンの評価から目標の設定、評価法など詳細にまとめられており、単なるスローガンに終わらせない強い意思を感じる。

さて、こうしたSDGsを企業活動に取り入れていくために不可欠なのが適切なKPI(重要業績評価指標)の選定とその運用である。例えば、製品製造過程で発生するCO2排出量や工場排水の把握、あるいは水質維持、また従業員の残業時間や、健康面の把握など、企業活動に直結する課題は無数に存在する。しかし、そのいずれにも共通するのが、システムを構築してKPIに落とし込まなければならないという点である。適切なKPIに基づき、明確な目標を設定しないことには、そのいずれの目標においても実現していくことは困難だといえるだろう。したがって、CTOはSDGsを含めた企業のサステナブル経営を具体的に動かしていくためにも、KPIを適切な形でシステムへと落とし込んでいくそのデザインを設計することが求められているといえる。

 もちろん、こうしたサステナブル経営に取り組んでいくことは、EBITDAには反映されない取り組みのように思われるかもしれない。EBITDA(Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization)は税引前利益に支払利息、減価償却費を加えて算出される利益で、M&Aなどを行う際に企業価値を表す指標として長らくスタンダードであり続けてきた。しかし、IMA(米国管理会計法人)は2017年に『Strategic Finance』という雑誌の中で、近年では財務諸表によって説明される企業価値は2割ほどで、残りの8割はESGなどの非財務的な観点によって説明されるようになってきたと述べている。このことは「サステナブル経営を行うべきかどうか」と議論する時代は既に終わり、「サステナブル経営をいかに企業価値に結びつけるか」を議論する時代を迎えていることを端的に示している。

 以上のように、企業がサステナブル経営を実現していくためには、CEOだけではなく、CFOやCTOもその裁量を発揮し、積極的にマネジメントに関与していくことが必要である。そのためにCEOが果たすべき最も重要な役割は人材育成だといえる。残念ながら日本でサステナビリティというと、いまだにボランティアの延長として捉えられがちである。

 従って、CEOは教育を通じて、従業員にサステナビリティに対する意識変革を促し,より自発的にサステナビリティを実現していけるような人材を育成していく必要があり、さらに踏み込んで言えば、サステナビリティに対する取り組みを人事評価の軸に据えていくようなあり方も模索すべき時期を迎えているとも言えるだろう。

 コロナ禍は日本だけでなく世界に暗い影を落とした。しかし、数十年後の研究史において、コロナ禍がサステナビリティ経営の浸透の転機として語られている未来を願っている。

プロフィール

矢口 達也
矢口 達也
青山学院大学大学院経営学研究科経営学専攻博士後期課程単位取得退学後、ブレイングループのCEOを始めとして、会社経営・組織運営・財務改善に関する豊富な経験を有し、長年に渡り企業のガバナンス体制の強化や財務強化を含めたコンサルティング業務に携わっている。現在は、「攻めのバックオフィス」を掲げ、起業家や中小企業などの再生支援、金融機関対策、財務戦略等での「金融」分野からの切り口でのコンサルティング業務を行っている。