「特許発明の目線からのサステナビリティ」 by 今 智司(コラム協創&競争/Vol.1,No.1,2020.9.30)

コラム『協創&競争』

当学会は、協創、競争、そして、サステナビリティを結びつける「場(領域)」に関わる研究調査の成果を蓄積することにより、開かれた科学の目線から新たな学問を深化させることを目指しております。それらの場(領域)に関わるトピックテーマを「Vol.」(巻)として、それぞれの「Vol.」の中に、おおよそ10個ほどのコラムを連載することにしました。 「安心・安全」「資源循環」「e-スポーツ文化」などの研究分科会に参加する方々からのコラム投稿も増えることを期待します。(JASCC.ORG事務局)

 特許発明という言葉を聞いたことがあるだろうか。特許発明とサステナビリティとはどのような関わり合いがあるのだろう。「社会文脈」と「累積進歩」のコンセプトを使いながら考えてみよう。

特許発明が生まれる背景

 特許発明(特許を受けている発明)の源泉は、その時代において発明者が認識した何らかの課題があり、発明者が当該課題を解決するための手段を創案した場合に生まれてくる発明である。つまり、発明者が生きている時代の「社会文脈」(Social Context;社会における時代背景)があってこそ、発明者は何らかの課題を認識し、発明を創出する。発明者自身は特に意識していないかもしれないが、社会文脈が発明者に多大な影響を与えており、発明者はそのような文脈に身を置き、自らの問題意識を基に何らかの課題を把握し、感じ取っているといえる。

 そのような特許発明は特許公報という形で公開され(出願内容は出願公開公報で公開されるが、特許発明は改めて特許公報で公開される)、この公開により特許発明に係る技術が社会に客観的に伝達され、これを土台にした応用発明や別発明が創出される素地が社会に提供される。

社会文脈の中での累積進歩

 技術は累積進歩(Cumulative Progress)をする。確かにその通りである。しかし、累積進歩について発明が生まれる社会文脈との関係を紐づけることが重要だろう。

 端的に言えば、技術は時代の要請に合った形に変化・進歩し、若しくは転用され、場合によっては非連続的に進化し、または消えていく。つまり、時代に適合した技術が当該時代で使われ、時代の変化に適合したカタチに進歩・進化していく一方で、時代に適合しない技術は人々から忘れ去られる。ただし、時代に適合していない技術であっても、時代や社会が変われば復活する場合もある。

 したがって、技術の進歩が連続的若しくは非連続的であるかによらず、何らかのカタチ若しくは思想として過去の技術を現在の技術は組み入れていると言えよう。そして、過去の技術を先行技術として認識し、未来に向けて新たな技術が創り出される。重要なのは発明者による社会文脈の確かな認識である。その上で、技術の累積進歩を当然のものと考えるには、普段は特に意識していない前提がある。それが、技術的アイデアを形として残すということである。ただし、形として残すという点においては、客観性を担保することがサステナビリティの観点からは好ましい。つまり、社会文脈とどのような関係があり、何をなすための技術的アイデアであるかを第三者が見ても明確に理解できる形で残す必要がある。口伝や一子相伝という手法で残すことも理論的には可能であるが、アイデアのオリジナリティを確保した形であって、誰もが好きな時に技術的アイデアを社会で役立たせるためには、信頼できる確かな形で残す必要がある。

「技術の記憶」とサステナビリティ

 社会において用いられている技術は、技術的アイデア(つまりは、情報のかたまり)が、時代を超えて人から人へと伝達されることで存在し、存在できるからこそ累積進歩し得る。人と人とのつながりがなければ技術は伝達されず、結果、技術の累積進歩は望めず、社会の持続的発展は望めない。つまるところ、人と人とのつながり、そして協働の場がなければサステナビリティを実現し得ないだろう。

 ある技術が時代に適合させたカタチで社会に実装されている場合、その時代を生きる人であってその時代のニオイをかぎ取る目利き人材が介在していると考えられる。つまり、社会文脈からかぎ取った「課題」と累積進歩してきた「技術」とを繋げ、課題解決手段たる発明を創出する人物が必ず介在している。

 この場合に、特許発明はサステナビリティに重要な役割を果たす。特許発明は新規性・進歩性のみならず、サポート要件や実施可能要件を満たしているので(場合によってはサポート要件違反や実施可能要件違反で取り消し、無効になる場合もあるが、ここでは想定しない)、信頼性の非常に高い技術情報である。しかも、特許発明に関する情報はデータベースに日々蓄積され、誰もが自由に参照できる。すなわち、特許出願し、所定の審査を経て設定登録により特許権が発生した後、特許公報により特許発明の内容が公開されるが、特許公報はインターネット上のデータベース(各国特許庁のホームページ等において整備されている)に蓄積される。このデータベースは誰もがいつでも無料で用いることができ、所定のキーワードや国際特許分類等を用いることで気になる特許を検索できる。

 特許発明の情報が人から人に引き継げる状態で蓄積され、蓄積されている情報を用いることが可能だからこそ、現在行われていることや将来やるべきことと照らし合わせ、新たな技術が生まれ、そこから新たな特許発明が生まれ得る。つまり、特許発明という形で技術的アイデアがいわば「技術の記憶」の一つとして社会に共有されており、「技術の記憶」が時代を超えて引き継ぎできる状態になっている。

目利き人材の活動

 「技術の記憶」である特許発明のみでイノベーションが起きるわけではなく、「技術の記憶」には特許発明以外にも様々存在しているが、技術を貯めておくこと、しかも、誰もが利用可能で信頼性の高いカタチで貯めておくことに特許制度は大きな役割を果たしているのだろう。結局、発明者はアーティストと同様に、いまを生きている人々の感覚を先取りし、「技術の記憶」に照らし合わせて新たな課題解決手段として発明していく。

 技術を蓄積し続けていくことに意味があり、発明者が社会文脈を知って、アーティストのように、何をすべきか・何ができるのかを浮き彫りにした上で「技術の記憶」から次の新たな技術開発へのヒントを引き出す。技術と社会とを結びつける目利き人材が協動することにより、特許発明のサステナビリティが支えられていくのだと思う。

プロフィール

今 智司
今 智司
今知的財産事務所 弁理士 工学修士 技術経営修士

早稲田大学大学院理工学研究科修了後、電気機器メーカーへ入社。LEDの研究開発を経て知財業界に転職し、弁理士になる。専門分野は、知的財産法、技術経営、無機化学。化学・半導体・IT・ソフトウェア・ビジネスモデル等の分野において主に中小・ベンチャー企業の知的財産の創出・発掘・権利化・利活用を支援している。